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ニューヘイブンの情動教育プログラム:EQはIQよりおいしい

ニューヘイブンの情動教育プログラム:EQはIQよりおいしい

EQ こころの知能指数
『EQ こころの知能指数』

学校ではIQ、IQ・・・EQを見てくれる先生も、一部、いるだろうが。

本当に必要な「普通教育」の姿を、私たち日本人は知らないようだ。

出席の点呼をしているのだが、なんとも妙な風景だ。五年生の生徒が十五人、床に車座になっ 如 てあぐらをかいている。教師に名前を呼ばれた生徒は、ありきたりの「はい」という返事ではな く、その日の気分を数値に表わして答える。落ちこんでいれば「一」、元気いっぱいなら「十」 だ。 「きょうは皆元気がいいようだ。

「ジェシカ」

「十。めっちゃ元気。金曜日だもん」

「パトリック」

「九。興奮してる。ちょっと心配」

「ニコル」

「十。平和でハッピー……」

これは、サンフランシスコに大銀行を築いた名門クロッカー家の大邸宅だった建物を改造して 開校したヌエバ学習センターの「セルフ・サイエンス」の授業風景だ。サンフランシスコのオペ ラハウスを小さくしたような建物を校舎にしているこの私立学校では、EQの理想に近い授業を おこなっている。

 

セルフ・サイエンスの授業テーマは「感情」だ。自分自身の感情と、人間関係から生じる感 情。テーマの性質上、教師も生徒も子供の心の問題に注目することになる。ヌエバ以外の学校で はまるで無視されている分野だ。セルフ・サイエンスの授業では、子供たちの心の緊張や心的外 傷を題材にとりあげることもある。仲間はずれにされて傷ついたこと、嫉妬、意見の相違からけ んかに発展しそうになったこと――生徒たちが実際に経験したことについて話し合うのだ。

ヌエバの校長でセルフ・サイエンス・カリキュラムを考案したカレン・マッカーンが説明する。「学 習は、子供たちの感情と切り離して進めることはできません。情動面の知性は、学習を進めるう えで算数や国語などの授業と同様に大切な要素なのです」。 ・セルフ・サイエンスは、将来アメリカ全土の学校に広がっていくであろう考え方の先駆的モデ ルだ。セルフ・サイエンスの概念をとりいれた授業は、「社会的能力開発」、「ライフ・スキル」、 「社会的・情動的学習」などさまざまな名で呼ばれている。なかにはハワード・ガードナーの多 重知性理論から言葉を拝借して「人格的知性」という呼称を使っている学校もある。いずれにし ても、これらの試みはすべて、通常教育の一環として児童の社会的・情動的能力を向上させてい くという目標につながっている。人生につまずいて「問題児」の烙印を押された子供に補習的に情動教育をするのでなく、すべての児童に必要な技術・知識として情動教育をしていこうという 試みだ。(『EQ こころの知能指数』ダニエル・ゴールマン p.351)

テストはない

セルフ・サイエンスの授業では成績をつけない。人生そのものが最終試験だからだ。ただし、 生徒はヌエバを卒業して高校へ進学する直前の第八学年(中学二年)の終わりにセルフ・サイエ ンスの口述試験を受けることになっている。最近の試験に出された問題は、「麻薬をやろうとし つこく誘われて困っている友人、あるいは いじめられて困っている友人を助けるのに適切な対応 を説明しなさい」、「ストレス、怒り、恐怖に対処する健全な方法について述べなさい」というよ うな内容だ。 (『EQ こころの知能指数』ダニエル・ゴールマン p.363)

例えばこんなHR

ニューヘイブンの情動教育プログラムでは、低学年の児童は情動の自己認識、人間 関係、決断などについて基礎的なことを習う。小学校一年生は輪になってすわり、六つの面に 「悲しい」とか「興奮する」などの言葉を書いた「感情のさいころ」を順にころがして、さいこ ろの目に出た感情を抱いたときの経験について話す。このトレーニングによって子供たちは感情と言葉をしっかり結びつけ、自分と同じ感情を抱く他人の話に耳を傾けながら共感を身につけて いく。(『EQ こころの知能指数』ダニエル・ゴールマン p.369)

ドラマチックな、授業:心の認知能力を高める

人間と人間が、情動で関係して、学び合う。

チームワークの授業

セルフ・サイエンスの授業風景を紹介しよう。自分自身が受けてきた授業の記憶と比較してみ ていただきたい。 「五年生のクラスがグループに分かれ、グループごとに複数のジグソーパズルを完成させるゲー ムを始めようとしている。ただし、作業にあたって口をきくこととジェスチャーを使うことは禁 止、というルールだ。

教師のジョーアン・ヴァーガの指示に従って生徒たちは三つのグループに分かれ、それぞれの テーブルに集まる。ゲームのルールをよく理解している生徒三人がオブザーバー役をつとめ、グ ループの誰がリーダー的に動き、誰が道化役で、誰が作業を中断させたか等を評価用紙に記入する。

ジグソーパズルがテーブル上に散らばり、作業が始まった。一分もたたないうちに、ひとつの グループがすばらしいチームワークを発揮しはじめ、数分間ですべてのパズルを完成させてしま った。二番目のグループは、四人のメンバーがそれぞれ独自に担当のパズルと取り組んでいる が、なかなか進まない。やがて四人は協力してひとつのパズルに集中することにし、それが完成 すると次のパズルにとりかかる、という具合にして全部のパズルを完成させた。

三番目のグループは、まだ悪戦苦闘している。ひとつ目のパズルがようやく完成に近づいたと 納 ころだが、それも四角というより台形のような形になっている。ショーンとフェアリーとラーマ ンは、なかなか他のグループのようなスムーズな協力体制が作れない。三人とも明らかにいらい らして血走った目つきでテーブル上に散らばったパズルピースをかきまわし、それらしいピース を見つけてはパズルにはめてみるのだが、うまく合わなくてがっくり肩を落とす。 ・ラーマンがパズルピースを二枚手に取ってアイマスクのように目の前にかざすとその場の緊張 が一瞬やわらぎ、ショーンとフェアリーがくすっと笑った。この場面が、あとでこの日の授業の ポイントとなる。

教師のヴァーガが助け舟を出した。「自分のパズルが終わった人は、まだやっている人たちに ひとつだけヒントをあげていいですよ」。ダーガンが悪戦苦闘の続くテーブルに近づいていって、四角い輪郭からはみ出している二つの ピースをさし示す。「この二つを反対側に移さなきゃ」という意味だ。幅広の顔にしわを寄せて 考え込んでいたラーマンが突然全体の形を把握し、ピースを次々にあてはめて、最初のパズルを 完成させた。残りのパズルも順に完成した。最後のピースがおさまってパズルが全部完成する と、自然に拍手がわきおこった。

論争

ところが、いまのゲームからチームワークについて学んだことをクラス全体で見直しているう ちに、教室の一隅で緊張したやりとりが始まった。濃い黒髪を長めのクルーカットにした長身の ラーマンが、グループのオブザーバー役をつとめたタッカーとジェスチャー禁止のルールをめぐ 統 って議論を始めたのだ。タッカーのきれいになでつけた金髪が、二すじ三すじ額にたれかかって いる。だぶだぶの青いTシャツの胸には“Be Responsible”の文字。きょうのタッカーの役割に なんとなく合っている。 「ピースを差し出すことはできるんだってば。それはジェスチャーにならないんだから」。タッ カーが語気強く主張する。 「ちがうよ、それってジェスチャーだよ」。ラーマンも激しい口調で譲らない。

二人の声が大きくなって会話のテンポが攻撃的になってきたのに気づいた教師のヴァーガが、 テーブルへやって来た。熱した感情のやりとりが自然発生的に起こった場面は重要だ。こういう 場面で情動学習の成果が表われ、新しい学習内容が生徒の頭に深く染み込んでいくのだ。優秀な教師なら誰でも知っているが、このように神経がピリピリした場面で教えたことは生徒の記憶に 長く残る。 「彼はあなたを非難しているわけではないのよ、ラーマン。あなたは、ちゃんと協力していたか ら。ね、タッカー、もう少し非難がましくない言い方であなたの考えを言ってごらんなさい」。 ヴァーガが二人にコーチする。 – タッカーが、先刻より少し穏やかな口調でラーマンに言う。「きみが自分であてはまると思う ところにピースを置くのは、いいんだ。誰かに必要だろうと思うピースを渡してやるのも、い い。それは、ジェスチャーにはならないよ。ただ渡すだけなら」。ラーマンの声は、まだ怒りを含んでいる。「だって、こんなことしただけでも」――と言いな がら、他意なしに頭を掻くそぶりをしてみせる――「タッカーは『ジェスチャーしちゃダメ!』 第 って言うんだもの」。

しかしラーマンの怒りの原因は、何が「ジェスチャー」に当たるかという議論だけではなさそ うだ。ラーマンの視線は、タッカーが記入した評価用紙の上をさまよっている。まだ話題には出 乾てこないが、これが二人のあいだに緊張を生んだ原因だ。タッカーは、評価用紙の「誰が作業を 勝 中断させたか」という欄にラーマンの名前を記入したのだ。

評価用紙にチラチラ目をやるラーマンの様子に気づいたヴァーガは、推測にまかせてタッカー 章に言う。「ラーマンは、あなたが『中断させた』という否定的な言葉を使ったのを気にしているようよ。その言葉は、どういう意味で使ったの?」 「悪い種類の『中断』という意味で使ったわけじゃないんだ」。タッカーはラーマンの理解を求める口調になっている。相手に同調するつもりはないが、ラーマンの声も少し穏やかになってきている。「僕に言わせ るなら、そんなのこじつけだと思うけどね」。

ヴァーガは状況を善意にとらえさせようとする。「タッカーは、『中断』といっても皆がいらい らしている時に気分を明るくするという意味合いもある、って言おうとしていると思うんだけ ど」。 「そうは言うけどさ」 ーーラーマンの抗議は冷静な口調に戻っている――「『中断させる』って いうのは、たとえばみんなが何かに一所懸命集中してがんばってるときに、こんなふうにしてみ せたりすることだろ?」 ラーマンは目をむき、頬をふくらませて、ピエロのような滑稽な顔を してみせた。

ヴァーガはもう少し情動面のコーチを進めようとして、タッカーに言う。「あなたは、ラーマ ンに悪い意味の『中断』という言葉を使うつもりはなかったのね。でも、あなたの話し方では、 そうは伝わらなかったの。ラーマンはあなたに気持ちを聞いてほしい、認めてほしい、と思って いるの。ラーマンはね、『中断』という否定的な言葉を使われるのはフェアでない、と言いたい の。そういう言葉で呼ばれたくない、って」。

そして、こんどはラーマンに向かって言う。「あなたがタッカーに対してはっきりと主張した 態度は良かった思う。攻撃しなかったもの、ね。たしかに『中断させた』というレッテルを貼ら れるのは、いい気持ちではないわね。パズルピースを目に当てたのは、いらいらした気分を明る くしたかったからなのね。だけどタッカーはあなたの意図がわからなかったので、それを『中断させた』と受けとった。そういうことかしら?」

タッカーもラーマンも、うなずいている。他の生徒たちはパズルの片づけを終えた。このささ やかなメロドラマもそろそろ終わりに近づいている。「さあ、少しましな気分になった? まだ ダメ?」 「うん。ましな気分になった」。自分の気持ちを聞いてもらい理解してもらったので、ラーマン の声は穏やかになっている。タッカーも、にこにこしながらうなずいている。クラスメートが次 の授業の教室へ行ってしまったのに気づいた二人は、ぴったり同じタイミングで向きを変えて教 室から走り出ていった。

事後分析

次の授業の生徒が教室にはいってきて席につくあいだ、ヴァーガはさっきの場面を分析してみ る。白熱した議論にも、それが収まっていく過程にも、紛争の解決についてこれまで生徒たちに 教えてきた成果が表われている。「意思の疎通を欠き、勝手な推量をし、結論にとびつき、相手 が耳を傾ける気をなくすようなきついメッセージを送りつける」ところから争いが始まるのだ、 とヴァーガは言う。 ・セルフ・サイエンスの授業では、大切なのは一切の争いを避けることではなく、全面的なけん かに発展する前に意見や感情の行きちがいを解決することだ、と教えている。タッカーとラーマ ンが言い争った場面にも、そうした教育の成果が表われている。たとえば、両者とも紛争を激化 させないよう注意しながら自分の考えを表現する工夫をしていた。一方的に攻撃したり受け身になったりしないで自分の考えをきちんと主張するという態度を、ヌエバでは小学三年生から生徒 に教えている。自分の感情を率直に表現すること、ただし相手に対する攻撃にならないように、 と指導するのだ。言い争いが始まった時点ではタッカーもラーマンも相手の顔を見ようとしなか ったが、話し合いが進むにつれて互いのほうを向き、視線を合わせ、相手の発言に黙って耳を傾 ける「積極的な聴き方」に変わっていった。 「授業で習った手法を現実の場面で使い、教師の指導にも助けられながら、二人の少年は「しっ かり主張すること」と「積極的な聴き方」を知識としてだけでなく実際に身につけ、必要な場面 で使えるようになっていく。

情動の分野で技術を上達させていくことは非常にむずかしい。情動の技術を身につけるべき場 面ではたいてい心が動揺していて、新しい行動パターンを学習できるような心理状態ではないか S らだ。こういう場面では、教師の指導が重要だ。「心が動揺しているときに自分自身を客観的に 見るには、五年生だって大人だって誰かの助けが必要です」と、ヴァーガは指摘する。「心臓が ドキドキして、手のひらが汗ばんで、からだがぶるぶる震えそうな状態のときに相手の言うこと をしっかり聴き、しかも自分自身をコントロールして叫んだり相手をなじったり殻に閉じこもっ たりしないでその場を切りぬけなければならないんですものね」。

小学校五年生の男児がどれほど荒っぽい生き物であるかを考えれば、タッカーとラーマンが感 情的に相手をどなったりののしったりしないで意見を主張し合えたことは注目に値する。殴り合 いもなかったし、どちらかが席を立って話し合いを一方的に放棄してしまうこともなかった。大 げんかになったかもしれない場面を、紛争解決の実習場面に転換できたのだ。別の状況だったら、どんな展開になっていただろうか。男の子の世界では、もっとつまらないことで殴り合い (あるいはもっと深刻な事態)になることも珍しくないのだ。(『EQ こころの知能指数』ダニエル・ゴールマン p.354)

ライフスキルトレーニング

四、五年生になって友だちとの関係が心の中で重要な地位を占める年齢になってくると、友情 を育て維持するうえで大切な共感、衝動のコントロール、怒りの抑制などを習う。たとえばトル ープ中等学校の五年生は「ライフ・スキル」の時間に表情から感情を読みとるトレーニングをす るが、これは本質的には共感の練習だ。衝動のコントロールに関しては、「停止信号」ポスター が校内の目につきやすい場所に貼ってある。ポスターには、六つのステップが書いてある。

赤信号1 : ストップ! 心を静めて、行動する前に考えよう。

黄信号2:何をどう感じるか、言葉で言ってみよう。

3 :前向きのゴールを設定しよう。

:解決策をいろいろ考えよう。

:結果も先に考えておこう。

青信号6: さあ、ベストプランを試してみよう。

「停止信号」のポスターは、児童が怒って相手に殴りかかろうとしたとき、友だちから無視され てふてくされかけているとき、いじめられて泣きだしそうなときなどに引き合いに出され、こう した難しい場面でよく考えて対応するための具体的な手順を示すのに役立っている。また、感情 のコントロールだけでなく、より有効な行動への指針にもなる。感情や衝動に押し流されてしまいそうな場面で立ちどまって考える態度を習慣として身につけることができれば、思春期以降の リスクに対処するうえでも役に立つだろう。

六年生になると、情動教育の内容はセックス、麻薬、飲酒など、この時期から子供の世界には いりこんでくる誘惑に直接結びついた内容になってくる。中学三年生になると、ティーンエージ ャーが世の中のあいまいな現実と直面しはじめるのに合わせて、さまざまな視点に立ってものを 見る能力が強調されるようになる。「自分のガールフレンドが他の男子生徒と話しているのを見 てカッときた子がいるとします。その子には、すぐに相手と対決しようとするのでなく、相手の 立場に立って事態を眺めてみるよう指導します」と、ニューヘイブンのある教師が話してくれた。(『EQ こころの知能指数』ダニエル・ゴールマン p.371)

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