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【自立への願い】自然な発達の道筋『発達の扉(下)』白石正久

【自立への願い】自然な発達の道筋『発達の扉(下)』白石正久

子どもはどのようにして自立への道を歩むか

おとなの意図との相克のなかで、次第に自らの意図で生活をきりひら こうとする子どもたちの願いは、発達の道すじのなかに発見することが できます。子どもの発達は、実は自立への願いの変化の歩みでもあるの です。しかし、だんだん自立へ近づくというようなゆるやかな坂道では ありません。何度か大きく飛躍するように自立を求める心を発達させ、 そこで新しい人間関係を求め、そして新しい活動を獲得していくという ドラマチックな過程でもあるのです。

第1章では、各発達段階の特徴的な変化をトータルに観察してみまし たが、ここではそのなかにある自立への願いを切り取って説明しましょう。

乳児期の後半への飛躍と自立への願い

乳児期の前半(生後7か月頃まで)の生後2か月頃は、仰向け姿勢で まだ向き癖が強く残っています。しかし、大好きな人の声がすると、そ

の人の存在を確かめたくて、一生懸命くびを回して、視線を向けること でしょう。その「向きたいのに向けない」悩みを表情のなかに読み取る ことができます。そして、この悩みを乗り越えたとき、大好きな人にあ やされてすばらしい笑顔で微笑んでくれるようになります。もしこのと き大好きな人の顔ではない、知らない顔が目の前にあったらどうするで しょうか。はじめは、明らかに初対面だとわかって、不安そうに視線を そらせるはずです。しかし、その人のやさしさがわかると、安心したよ うに微笑みを返してくれるでしょう。このときの微笑みは、大好きな人 へのそれよりも力強いかもしれません。視線を合わせることでも、こん な小さいときから子どもは葛藤を覚え、その葛藤を自分で乗り越えてい くのです。

このように、「向きたいのに向けない」悩みや初対面の人と視線を合わせる葛藤を乗り越えて、生後4か月頃からおもしろい変化がみられま す。まず、子どもの方からおとなに微笑みかけてくれるようになるので す。まるで相手を自分の世界に引き入れようとするような微笑みでしょ う。コミュニケーションの主体として、微笑みの主人公になっているの です。しかも、このときの微笑みはお母さんや大好きな先生よりも、初 対面の人に向けられるかもしれません。はじめての人に興味があるので す。お母さんや大好きな先生には、むしろ泣いてわがままを言うことの 方が増えるのではないでしょうか。保育園に通っている子どもなら、こ の頃から先生と友だちのしていることに興味が出てきます。もし、先生 が友だちに離乳食を食べさせていたなら、その二人の姿を見比べて、自 分にも食べさせろと要求するのでしょう。明らかに子どもは、コミュニ ケーションにおいても、そして要求においても主人公に生まれかわって いるのです。そして、これまでの関係ではない新しい関係を結びはじめ ているのです。まさに、生まれて最初の自立への飛躍のときといえるで しょう。

1歳半の飛躍と自立への願い

乳児期後半(1歳半まで)の生後8か月頃は、一つのおもちゃで遊ん でいても、「もう一つ」の新鮮なものに出会うとそれも欲しくなります。 しかし、二つは上手に持てないのでイライラし、悩みます。また、人見 知りやお母さんへの後追いが強く「8か月不安」などといわれるときで す。しかし、「8か月不安」は、「こわい」感情表現として単純に理解さ れるべきではなく、むしろ新しい人間関係を結んでいこうとする前向き な葛藤のときとみるべきでしょう。「こわいけれども興味がある」ので す。何よりも人間関係において強くみられる葛藤ですが、新しいものや 新しい空間にたいしても同じような不安と葛藤をもつようです。このと き不安を支えてくれる大好きな人がいれば、葛藤しつつもそのこわさを乗り越えて、新しい関係を結ぶことができるでしょう。このように生後 8か月頃は、新しい人、もの、空間などと関係を結んでいくために必要 な心の支えをつくるときなのです。発達障害をもっている子どもたちに は、この心の支えがなかなかつくれません。そうすると、はじめてのも のにはあたかも無関心で、いつも同じものばかりで遊んでいるような閉 じた世界をつくってしまいます。そして、先生と友だちでつくる楽しそ うな世界にもいっけん無関心で、はたらきかけても抜け出していってし まうこともあります。おそらく楽しい世界を見つけ、参加したいという 前向きな葛藤はあるのでしょう。しかし、その葛藤を乗り越える力と葛 藤を支える関係が、まだ弱いのです。

子どもたちは、この不安、葛藤を一つひとつ乗り越えて、生後10か月 頃から大きな転換を遂げ始めます。指さしで自分の感動したものを、大 好きな人に伝えようとします。まさに新しいコミュニケーションの主人 公です。そして食事でも、口のなかにとにかく入れられるような手助け を嫌い、自分の手で食べようとします。生活における主人公です。自分 の意図が生まれ、自分の意図で生活をきりひらきたいのです。そして、 相手の意図を押しつけられることを嫌うようになります。自分の手で食 べようとするだけではなく、相手にも食べさせようとすることでしょう。

この頃から、同じ年齢の友だちの活動に注目し、ボールを競争して追 いかけたり、取り合いをはじめます。そして、友だちと友だちの間に、 自分の場所を確保しようとするような割り込みがたびたびみられること でしょう(写真20)。ところが自分よりも年齢が上の友だちにたいして は、その活動をまじまじと見つめ、憧れ、一生懸命模倣しようとします。 そして、自分よりも幼いアカチャンがいれば、おいしいものやおもちゃ をさし出してあげることもみられます。

あんなにおとなの心の支えを頼りにし、分離不安の強かった子どもが、 うそのように、そのおとなから急に離れ始めます。そして、友だちとの

世界を求め、そのなかに自分の居場所を求めるようになるのです。しか も、その友だちとの世界にも、三つの層をもった関係をつくりはじめる のです。もちろん、大好きなお母さんや先生との関係が必要なくなった のではなく、たいせつな支えとして心のなかに包み込みながら、友だち との自立の世界を欲するようになるのです。まさに、生まれて二度目の 自立への飛躍のときといえるでしょう。このような世界は、保育園生活 においては、給食の後の自由時間などによく見出すことができます。

この自立の世界で、憧れの心が爆発し、子どもは豊かな生活の力と遊 びを獲得していくことができます。大好きなおとなにはその仕事に憧れ、 自分たちも負けずに雑巾がけをしようとします。自分たちよりも年長の 友だちには遊びの楽しさに憧れ、むずかしいリズム遊びの一こまにも挑 戦しようとします。子どもたちはこの自立の世界のなかで、自分も同じ ことをしなければ気がすまない、自分のことは自分でしなければ気がす まない自我の力を形成していくのです。

3歳の葛藤と自立への願い

幼児期への飛躍をした後、3歳頃、子どもたちは新しい自立の世界を 求めて、ふたたび強い葛藤をみせてくれます。それは、「大きい一小さ い」、「多い一少ない」など対比的なことばを理解するようになるころか らです。このような対比的な認識は、子どものすべての活動を特徴づけ ることになります。たとえば、「もうアカチャン組じゃないもんね」な どと、小さくない自分を誇示したり、「お兄さん・お姉さん」として小 さい友だちの衣服の着脱にも手を貸そうとします。その反面、自分に出 された課題や遊びの難易が気になり、むずかしいととっさに判断したこ とには、絶対に応じようとはしません。また、自分よりも周囲の友だち のほうが上手だとみると、朝の会の返事でも尻込みしてしまうほど、引 っ込み思案になってしまいます。「おにいちゃん、おねえちゃんになり

たい、でもなれるだろうか」という不安と葛藤にさいなまれているとき のようです。「賢い自分探し」をしているのでしょう。そのとき、お母 さんや先生は、子どもの葛藤を受けとめて、「お返事できなかったけど、 あしたはきっとできるよ。○○ちゃんはお返事できなくても、とびおり じょうずにできるようになったもんね。また、後でしてみせてね」と言 っているかもしれません。子どもは、自分のいいところを見出してくれ た先生のことばを心の支えに、きっと翌日はがんばってくれるでしょう。 一人ひとりの子どもは、自分の光輝く部分を実感することによって、 「賢くなりたい、でもなれないなあ」という葛藤を乗り越えていくこと ができるのです。子どもたちは不安や葛藤の克服という大きな仕事を成 し遂げたあとに、一回り大きな存在になれます。3歳児の葛藤は、「光 輝く4歳児」になるためのたいせつな葛藤です。その葛藤を乗り越えた あとで、困難にも自ら挑戦する立派な発達の主人公になっていきます。

 

学童期への飛躍と自立への願い

そして、5歳から6歳、つまり保育園・幼稚園の年長組の時代になる と、「男遊び」、「女遊び」などと互いを罵り合いながら、気の合った友 だちだけの世界をつくりはじめます。「園から帰ったら○○ちゃんの家 で遊ぼう」などと、実現することがなくても、約束し合うことに喜びを 覚えます。そして、お母さんや先生には「ふこうへい! ひいきばっか り!」などと、自らの理屈でその不条理を責めたりするようになるでし ょう。小さい友だちや障害をもった友だちにたいしては、やさしい導き 手になってくれます。たとえば、雪山が登れないで寂しい思いをしてい る友だちにたいして、はじめは上からひっぱりあげようとするでしょう。 しかし、やがては、自分の力で登りたいんだという友だちの思いを見出 し、靴底を支えて自分の力で登れるようにしてあげるのもこの時期です。 おそらく4歳児ならば、がむしゃらにひっぱることしかできないでしょう。「○○ちゃんも自分で登りたがっているんだ」という相手の主体性 に気づいているからこそできる導きです。そして、おとなやさらに年長 の友だちのつくりだす世界そのものに憧れ、むずかしい料理に挑戦して みたり、テレビタレントの気分になってみたりします。

このように5歳から6歳にかけて、子どもたちは、おとなに理屈で対 応し、その論理や意図から自立することを願い、新しい自立の世界をつ くりはじめます。そこでは、同じ年齢の友だちとの、「気が合う」友だ ち意識で結ばれた関係、そして小さい友だちとの、相手の主体性を見出 した教え導く関係、そして、大きな友だちへの憧れの関係という三つの 層をもった自立の世界を形成していくのです。「ギャング・エイジ」な どと呼ばれる「子ども社会」は、この時期に芽生え始めるのです。そし て、自分よりも弱いもののがんばりを見出し、その成長をとらえるまな ざしで自分の成長もとらえられるようになっていきます。友だちの成長 と自分の成長をとらえる日、すなわち変化をとらえるまなざしが、これ からの発達においてたいせつな心の支えになっていくでしょう。

以上のように、子どもたちは、心の支えを人間関係としてつくりなが ら、自らの不安や葛藤を乗り越えていくのです。その悩みのときをこえ て、おとなの意図から自由な、そして友だちとの関係を何よりも求める 新しい自立の世界をつくっていくのです。この飛躍を何度か積み重ねな がら、真の社会的自立へ近づいていくのでしょう。

このように発達の道すじをたどると、おとなの意図から解放されるこ とと友だちとの世界をつくることがからみ合いながら、自立は子どもの 大きな願いになってくることがわかります。その願いにふさわしい世界 を、どれだけ子どもたちのためにつくりえているでしょうか。だからこ そ、「学校教育5日制」の実施による放課後生活の拡大を、子どもの願 いにそった自立の世界として組織する視点が重要なのです。もちろん、 子どもが願っている自立と友だちの世界は、放課後や長期休暇の過ごし

かたに限られるわけではありません。学校においても家庭においても、 この自立への願いを知り、尊重する教育や生活が、問われているのです。

自立的世界の発達的意義

このような自立の世界を、子どもたち自身の力によってつくっていく ことの発達的意義を、もう一度整理してみましょう。 1子どもは、おとなから自立した友だちとの関係を求めるようになりま す。そこでは、同じ年齢の競い合い、遊び合う友だち意識で結ばれた 関係、自分より年齢の高い、憧れの心を発揮させてくれる関係、そし て、自分より年齢の低い、プレゼントしたり、やさしく導いてあげた くなるような関係という三つの層のある関係が形成されていきます。 2おとなの意図を理解したうえで、それから自立した自分たちの意図で 遊びや生活をすすめようとします。いわば、主人公になろうとしてい るのです。

3自分より小さい友だちを導く関係を獲得することは、相手を主人公と して認識するきっかけ、そして導き手としての良き自分を発見するき っかけになります。 1自分より大きい友だちへの憧れの関係を獲得したことは、生活や遊びの力を獲得していく原動力になります。 5そして、実は自立の世界のつくられるときには、生後4か月頃、生後 10か月頃、5歳から6歳頃、これまでとは違った感性が、発達してき ます。自然のなかで芽生えてくるものや変化するものへの感動がほと ばしるときです(写真21、22)。だから初めて見た美しい花に感動の指さしがみらせるようになったり、はじめてみた海に沈む夕日をいつま でもおぼえていたりするのです。しかも、このような感性は、人間関 係において、自分より弱いものの心をとらえる力ともなり、さらに変 わりゆく自分をとらえる力にもなります。わがままをいっていたけれ どいわなくなった自分に出会い、うれしくなったりします。この感性 の発達については、第6章「子どもの原風景」でお話ししましょう。 (白石正久『発達の扉(下)』p.137)

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