皮膚でいやされる:肌と肌の触れ合い、あたたかさ【皮膚のよろこび】
誰かと触れていると落ち着く、という経験は多くの人が人生のどこかで経験することです。人と人を結びつける、皮膚の暖かさは「しあわせ」の大切な要素です。
この手の本をたくさん書いている山田創さんという人がいます。触れる、手を握る、抱きしめるといった「愛の振る舞い」の大切さが書かれています。
オキシトシン
誰かに触れてもらうこと、温かくすることで感じる「しあわせ」はオキシトシンという物質が関係しています。
あたたかい飲み物の入ったコップを握るだけで、心が落ち着くような気がするのは、このオキシトシンが手から伝わる「あたたかさ」に反応するからです。
日本では「ハグ」とか「キス」という文化がありません。親密になる、やさしくなる、社交的になる、人と人が関わるための別の仕組みはなんなのか考えてもいいかもしれません。
性行為は別として、こうした触れあいの快感をもたらすカギはオキシトシンだ。女性がオーガズム を迎えたり出産や授乳をするとき、オキシトシンが体内に分泌される。オキシトシンの作用によって、 母親は赤ちゃんに対してあふれる愛情を感じるのである。
母親が赤ちゃんに授乳すると、オキシトシンが全身をめぐり、いろいろな作用を喚起する。たとえ ば、オキシトシンは母乳の分泌をうながす。また、乳腺付近の血管を拡張させ、赤ちゃんを温かく保 つ。さらに、母親はオキシトシンの効果でリラックスし、血圧が下がる。母親は安らかな気持ちにな ると同時に、外向的になり、他者とかかわりたい気持ちが強くなる。オキシトシンの分泌が多いほど、 母親は社交的になる。 スウェーデンの神経内分泌学者シャスティン・ウォネス=モーベリは、オキシトシンの働きを詳しく研究した結果、オキシトシンの分泌は思いやりの対象となる人と愛情に満ちた接触をした場合に例 外なく起こる、と主張している。
オキシトシンの分泌にかかわる神経回路は、社会的知性をつかさど る「裏の道」の多くの神経節と交差している。 – オキシトシンの効用は、さまざまな形の良好な社会的相互関係――とくに、あらゆる形の養護―― において認められる。こうした人間関係においては、相互に情動エネルギーを与えあうにとどまらず、 オキシトシンの効果によって実際にお互いの中に気持ちのよい感情を喚起しあうことができる。親密 な相手とくりかえし触れあうことによってオキシトシンの分泌が条件づけられ、やがて、その人と一 緒にいるだけで、あるいはその人のことを考えるだけで、オキシトシンが分泌されていい気分になる のではないか、というのがウゥネス=モーベリの考えだ。どんなに無味乾燥な職場のパーティション にも愛する家族の写真が貼ってあるのは、うなずける話だ。(『SQ 生きかたの知能指数』ダニエル ゴールマン p.324)
手を握るだけで
手を握るという簡単な愛の振る舞いが、心に大きな影響を与えます。
「手当て」という言葉があります。手を当てるだけで、人は癒されるのです。
リチャード・デイヴィッドソンの研究室がおこなった実験に参加したボランティア被験者の女性八 人は右のような状況に置かれ、ストレスがかかった不安な状況下で愛する人の存在が生物学的にどの ような助けになるかを探る実験に協力した。その結果、夫に手を握ってもらっているときは、一人き りでショックを受けるときよりも不安の感じ方が少ないことがわかった。(略)
これ以外にも、重要な発見があった。結婚生活に満足している度合いが高ければ高いほど、夫に手 を握ってもらった場合に大きな鎮静化効果が認められたのである。これによって、結婚して健康が増 進する女性と健康を壊す女性がいるのはなぜか、という古くからの科学的疑問にも答えが得られた。 肌と肌の触れあいによってとくに心が落ち着くのは、オキシトシンの分泌がうながされるからだ。 温かさや振動にも、同様の効果がある(マッサージや抱きしめてもらうことでストレスが軽減される のは、このあたりに原因があるのだろう)。オキシトシンはストレス・ホルモンの「ダウン・レギュ レーター」として働き、HPA系や交感神経系の亢進状態をやわらげてくれる。 – オキシトシンが放出されると、肉体には一連の健康的な変化が起こる。まず、副交感神経の働きに よって緊張が解け、血圧が下がる。それによって、すぐに逃げられるよう大きな筋肉にエネルギーを 集中させておく代謝モードから、栄養の貯蔵や成長や回復にエネルギーを向ける代謝モードへ切り替 わる。コルチゾールのレベルは急激に下がり、HPA系の活動が鎮静化したことを示す。痛みの最小 可覚値が上がり、苦痛を感じにくくなる。傷も治癒のスピードが速まる。
脳内のオキシトシンは半減期が短く、ほんの数分で消えてしまう。しかし、親密で肯定的な人間関 係が長く続けば、オキシトシンの放出が比較的安定的に続く。抱きしめられるたびに、やさしい手で 触れられるたびに、愛情を感じるたびに、この神経化学の鎮痛剤は効果を発揮する。オキシトシンが くりかえし放出されると自分を愛してくれる人たちと楽しい時間を過ごしているときなど―愛 情の力によって長期的な健康が促進される。つまり、人間を愛する人のもとへ惹きつける働きのあるこの物質が、同時に人と人との温かい結びつきを生物的幸福に変える働きもしてくれる、というわけだ。(『SQ 生きかたの知能指数』ダニエル ゴールマン p.362)
情動は皮膚を通じて伝染する。
ニューヨークのとある病院の集中治療室。四一歳の若さで、アンソニー・ラジヴィルは死を迎えよ うとしていた。悪性繊維肉腫だった。未亡人のキャロルが語るところによると、死の床に横たわるア ンソニーのもとへ、いとこのジョン・F・ケネディ・ジュニアが見舞いに訪れた。ジョン・ジュニア 自身が飛行機事故によってマーサズ・ヴァインヤード沖で墜落死するわずか数カ月前のことである。 – タキシードに黒の蝶ネクタイをつけたままパーティー会場から病院へ直行したジョン・ジュニアは、 集中治療室へ向かう途中で、いとこの命はあと数時間と聞かされた。
ジョン・ジュニアはいとこの手を握り、静かな声で「テディ・ベアのピクニック」を歌いはじめた。 幼かった日々、ジョン・ジュニアの母親ジャッキー・オナシスが二人を寝かしつけるときによく歌っ てくれた歌だった。 死を迎えようとしているアンソニーも、小さな声で一緒に歌った。 ジョン・ジュニアは「夫を考えられる最も安心な場所に導いてくれたのです」と、ラジヴィル未亡人は語った。
ジョン・ジュニアの手のぬくもりは、ラジヴィルの最期に心のやすらぎをもたらしたに違いない。 この場面は、愛する人を力づける最良の方法が直感的にわかる心のつながりを物語っている。
この直観は、いまでは確実なデータによって裏づけられている。人と人とが互いに心を支えあい信 頼しあう関係にあるとき、一方はもう一方の生理機能そのものに働きかけることのできる存在になる、 と、生理学者が説明している。これは、互いに相手から感じとる信号が、良きにつけ悪しきにつけ、 当人の生理機能に影響を及ぼす特別な力をもっている、という状態だ。(『SQ 生きかたの知能指数』ダニエル ゴールマン p.364)
共感とは身体レベルで起きる。
この記事のまとめ
他者理解は自理解と同じ。「今」を感じる強さのことである。
ヘンリー・ジェイムズの小説『金色の盃』の主人公マギー・ヴァーヴァーは、自分の結婚から少し たったころ、妻を亡くして長く独身を通してきた父親が住む郊外の屋敷を訪ねる。屋敷には何人かの 客が滞在中で、なかにはマギーの父親に色目をつかう女性たちもいた。 父親の姿に一瞬目をやっただけで、マギーにはわかった。自分を育てるあいだかたくなに独身を貫 いてきた父親は、ようやく、そろそろ再婚を考えてもいいかと思いはじめたのだった。
その瞬間、父親のほうも娘の目を見て、自分が口に出さなくても娘は自分の胸中を百パーセント理 解している、と感じる。言葉を交わさなくても、そこに立っている娘のようすから、父親のアダムは 「彼女が見たものを自分も見た」という気持ちを抱いたのだった。 無言の会話の中で、「彼女の表情は彼の眼から隠しておくことができなかった彼女は全てを見 てとったばかりか、その上、父娘が互いに見てとったことまで目敏く見てとってしまったのだった」 (『金色の盃』 ヘンリー・ジェイムズ著、青木次生訳、講談社文芸文庫、上巻二〇七、二〇八頁)
小説では、部屋のむこうとこちらで父と娘が互いを理解しあう話が数ページにわたって続く。そし て、この長編小説は相互理解の瞬間がもたらしたショックの余波をたどりながら展開し、やがてアダ ムは再婚することになる。
ほんのわずかな知覚情報から相手の内面をどれほど深く読みとれるかということを、ヘンリー・ジ ェイムズは絶妙な筆でとらえている。人が一瞬だけ垣間見せる表情は、じつに多くを物語る。このよ うに無意識に状況判断ができるのは、ひとつには、それをつかさどる神経回路がつねに「スイッチ・ オン」の状態で待機しているからだ。脳の中には、他の部分が休止しているあいだも自動車 エンジン のアイドリング状態のようにいつでも反応できる状態で待機している部分が四カ所ある。そのうち三 カ所は人間に関する判断を下す部分で、人間どうしの相互作用を見たり考えたりしたときに活動が活発になる。(『SQ 生きかたの知能指数』ダニエル ゴールマン p.108)
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